どうやってホテルに戻ったのかも覚えていない。気が付けば部屋にいた。今季、テスト入団をした西巻賢二内野手にとって忘れられないゲームがある。１０月２０日のライオンズ戦（メットライフＤ）。同点で迎えた九回２死二塁のピンチ。浅いフライに対して、この回から二塁の守備に入ったばかりの西巻と右翼マーティンが交錯。ボールはグラブからこぼれグラウンドにポトリと落ちた。二塁走者が生還。まさかの形でサヨナラ負けを喫した。
「とにかく最後まで声を出して、ハッキリと自分が捕ると強く主張すべきでした。最後の最後でマーティンの声が耳に入って、自分の中で迷いが出てしまった。中途半端になってしまった。大きな声とジェスチャーで自分が捕るとしっかりとアピールをし続けていれば起きなかったプレー。何がなんでも捕ってボールを落とさないという強い気持ちでいなくてはいけなかった。悔しくて悔しくてどうやって帰りのバスに乗ったのかも覚えていない。気付いたら部屋に戻っていました」
西巻は今だからこそ冷静に振り返る。しかし、その時は立ち上がれないほど混乱をしていた。ホークスとの優勝争いをしていた時期。その一敗の重みを背負い込み、落ち込んだ。ホテルに戻っても食事をする気にはなれない。ご飯を食べる気分には到底なれなかったし、なによりもチームメート、首脳陣に申し訳ない気持ちからホテルの食事会場で顔を合わせられなかった。だから、ずっと部屋に閉じこもっていた。
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２時間ほどたった時だった。チームスタッフとして帯同をしている管理栄養士から電話が入った。「食事をしていないのであれば食事会場に来るように」との指示だった。渋っていると、言われた。「鳥越コーチから西巻選手に電話をするように言われました。コーチも待っている」。会場に降りるともう選手たちの姿はなく閑散としていた。しかし鳥越裕介ヘッドコーチは一人、待っていた。鬼軍曹としても知られるコーチは説教ではなく優しく語り掛けた。
「西巻、エラーをしても死ぬことはない。けど、飯を食わないと死ぬぞ」
ニヤリと優しく笑いながら話し掛けてくれた。「ハイ！」。若者はその一言になにか救われた気がした。胸の内にあるモヤモヤが溶け、明日への気力が湧き起こった。
「自分で勝手に殻にこもってしまった。きっとホテルに戻る時も自分には話し掛けないでほしいというような雰囲気をつくってしまっていたのだと思う。恥ずかしいこと。鳥越さんはそんな自分の姿を見て声を掛けてくださった。あの一言ですごく気持ちが楽になった。感謝しています」と西巻は振り返る。
鳥越ヘッドコーチはずっと食事会場で待っていた。もしかしたら西巻はショックで来ないと思いながらもまずは待つことにした。２時間がたった。もう来ないだろうと判断したタイミングでチームスタッフを通じて食事会場に来るように促していた。
「一人で閉じこもっていても仕方がない。どんなことがあってもプロは食事をしないと駄目。良いことをした時も、悪いことをした時も自分のプレーには責任をもって堂々としておけばいい。コソコソしていたらアカン。完璧な人間なんていないのだから。悔しかったらその悔しさを次に生かしてほしい。前を向いてほしい。そんな話をしたかな」
鳥越コーチは誰もいない広い食事会場で打ちひしがれる若者と食事を共にしながら語り掛けた内容の一部を教えてくれた。西巻はその後、さらに強気な気持ちをグラウンドで押し出すようになった。
「あの試合で気持ちの大事さを改めて感じました。そういう悔しい経験を将来、プラスに捉えることができるようにしたい」と話す。
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オフはスピードアップをテーマに体の使い方を一から見直しながら移籍２年目の飛躍を誓う。忘れられないプレーがあった。そして忘れられない言葉を掛けられた。悔しい想（おも）いは今も残る。言葉と悔恨の想いを未来への糧とする。いつかきっとあの日があったから今があると振り返ることができる日は来る。
（千葉ロッテマリーンズ広報・梶原紀章）
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December 15, 2020 at 03:00AM
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